2014年10月26日日曜日

とりあえず考える

手が進まないでござる。気力を使うみたい。
構造を理解する、手順に従って描く、というのがわりと楽しくできるようなので、自分なりにやってみようと思う。何の練習か意識して描くこと、考えて描くこと。ときどきは、一回何も考えずにザーって描いて、それから考えて描いたらいいと思う。

スカートの構造を理解しようとしていたときやヒロマサのお絵かき教室を真似して描いてるときも結構楽しかった。ヒトカクとか参考書を参考にしてやってみたい。

■やりたい方法でやること
やらなければならない・やった方がいい方法は気力を使って量がこなせない。やりたい方法でやって量がこなせると限らないが、確率的には。やりたい方法でやる以外実質不可能といえるかもしれない。
やりたくなくてもやれる人は精神力の強い人か、やりたくないことが理由でやりたいと思っている人だと思う。やりたくないことが理由でやるんでもやりたい方法でやることと同じ。

■2段階じゃなくて4段階ぐらいで考える

すんごい精神力の強い人とちょっと強い人とあんまり強くない人と全然強くない人だったら、後者のどっちかに当てはまる。全くプロになる気がない趣味の絵を描いている人の中で練習が苦にならないかどうかを4段階で考えてもちょっと練習が苦になる、かなり苦になるのどっちか。

萌絵かリアル絵か、の2段階じゃなくって、らきすた・けいおん・ハルヒ・攻殻機動隊・リアル絵 ぐらいの段階で考えた方がいいこともあるかも。

基本的にけいおん~ハルヒあたりで、その上下をちょっと行き来する感じが描きたい。
もっと細かく言えばゆるゆりから8頭身乙女ゲーが描きたい範囲の最小値と最大値。

YESとNO、やるとやらない、できるとできないの2段階で考えていて、さらに自身や他人に対して要求を強いているとなんだか冷たい感じがする。

■言葉の受け取り方の話

あと「明らかに全員XXだろ」とかいうような「すごくXXで、ちょっとXXってことですらない、XXの反対のYYは論外」というような言葉は、基本的にこう感じる。
『その人がそう受けとってしまうか、そう口からでまかせを言ってしまうほどには、その人にとってその内容は真実味のあるものである』
だから、その真実味に含まれる本質に目を向けるべきだと考えてしまう。

「自分にとっての真偽、自分にとって役立つか否か」で考えるべきで、そう考えた時、ひとことひとこと(明らかに、全員、絶対、9割等)の真偽を検証できるし、自分の考えがはっきりしてくる。『本質』なんてさまざまな形を取るもので、様々な受け取られ方をするし、自分も様々な受け取り方をするもんなんだから、『本質を直感的に読み取れないものは、いくらそこに本質があろうとも自分には受け取れないものである』と考えること。

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